ホーム ライブラリー レターズ ピクチャーズ ufo 掲示板 お問い合わせ リンク

GA Site -UFO Contactee-

articles

過去更新記事

 ├ 2009年度
 ├ 2008年度
 ├ 2007年度
 ├ 2006年度
 ├ 2005年度
 ├ 2004年度
 ├ 2003年度

最新更新記事

サイト内検索



GA Site内を

新アダムスキー全集

 ├ 写 真
中央アート出版社
TEL : 03-3561-7017
E-mail :info@chuoart.co.jp
 ルウ・チンシュターク女史 会見記 (1)

  GAPニューズレター No.60 1976より

ジュネーヴはスイス南西部のレマン湖畔に位置する美しい都市で、人口20万、スイス第2の都市である。シーザーがガリア遠征の途中ここを通過した前1世紀には、すでにこの地がガリア人の町としてかなり繁栄していたことが『ガリア戦記』に述べてあるという。17世紀に描かれたジュネーヴの銅板画を見ると、相当な都市であったことがわかる。

ルウに会う

私たちがパリから国際列車で中央駅に着いたのは1976年9月24日の午後2時半であった。宿舎のホテル・メディタラーネは駅前なので、徒歩でホテルへ行き、自室へ入ってからしばらく荷物の整理をして入浴をすませ、一服やりながら休息していた。日本からルウに連絡したときは当日午後5時から6時までの間にホテルへ来るようにと伝えたのだが、到着後は自由時間になることをロンドンで知った私は急拠航空便でルウ宛にハガキを出し、もっと早く来るようにと通知しておいたため、4時頃には来るかもしれないと思って、あまりのんびりともしていられなかった。

そろそろ仕度にとりかかろうかと考えていると室内の電話が鳴った。受話器を取るとルウの声がカン高く響いた。今ホテルへ来たという。すぐ降りるからロビーで待っていてくれと答えて、あわてて身仕度をととのえたあとエレべ−ターに乗り込んだ。

▲ルウ・チンシュターク女史と筆者

ロビーに出て向こうを見ると、入口の近くのソファに1人の老婦人がこちらを見つめている。写真で見覚えのあるルウだ。笑いながら手を振ると、ルウも立ち上がって微笑した。近寄って、「ルウ・チンシュターク?」と呼びかけると、彼女も「クボタ!」と言いながら顔を寄せる。その眼は嬉し涙に輝いていた。そうだろう。多年、アダムスキーのコウワーカーとして文通し、情報交換を続けながらどうしても会えなかったのに今ついに会見が実現したのだ。握手してからまたソファに座った2人は暫時雑談を続けた。彼女の友人でジュネーヴに住む実業家のピリンジャックという人がまもなく来るので紹介することになっていると言う。この人もUFO問題に関心があり、アダムスキーを熱心に支持しているとのことである。

まもなくピリンジャック氏が釆た。小男だが柔和な顔付きの紳士である。紹介がすむと、3人でまずホテル内のレストランへ入った。一角のテーブルを囲んで窓際にルウとピリンジャック氏が座り、反対側に私が席をとる。ジュースを飲みながら話し続けた。ルウは71歳であることは後にわかったが、小柄なせいか若く見え、歩く態度は意外に活発で、声にも少しカン高い陽気な響きがある。日本を出る前に塩谷勉農博から「5カ国語ができるもの静かな非常に知的な婦人だ」と伝えられていた私は、淑やかな上品な物腰の老婦人のイメージを描いていたが、これは少々違っていた。もっとも塩谷博士がお会いになったのは15年前のことで、現在の彼女とは異なっていたのだろう。

話題は当然のことながらUFO問題、特にアダムスキーが主題となる。彼女はアダムスキーがロ−マのバチカン宮殿へ行ったときのガイド役を勤めた重要人物なので、そのことを聞きたくて気があせったけれども、その前に彼女自身の興味深い体験を次のように語ってくれた。ドイツ語靴りの英語が彼女の口から勢いよく流れ出る。私は小型録音機のマイクを彼女の方へ近づけた。

金星人とのコンタクト?

「あれは1961年の6月30日のことでした。夕方、私は劇場へ行きたいと思っていました。土曜日です。しかし朝、私が起きたとき、外がひどく暑かったので、行かないことにしました。その古い劇場には冷房装置がないので、暑さを恐れたからです。だから行かないことにしました。しかし町へ出かけてみて、至る所にアメリカのある有名な芝居の広告が出ているのを見たんです。でもあまりに暑かったので、まだ行くことにしませんでした。私は父と共に夕食をとりに町へ出たんです。すると突然、父が言いました。

『ね、私たちは劇場の切符をまだ沢山持っているんだが、シーズンはもう終わったんだよ。切符が沢山残ったのは残念だね』。それで私は言ったんです。
『じゃ、1枚頂戴。今夜行くかもしれないわ』   父は切符をくれて、言いました。
『行っちゃいけないよ。著すぎるんだから−−−』   
『でも見たいわ』   

それから私は街路を歩いて、行かないことにしました。その日はオーブンの中にいるみたいで、その年で最高に暑い日でした。だから行かないことにしたんです。劇場とは反対の方向へ歩いたんですが、突然、くるりと向きを変えました。だれが私の体の向きを変えたのかわかりません。そして急に私は別な方向へ歩き始めました。すぐ近くの劇場の方向へです。ホールヘ入ってみると、『満員』という掲示がありました。それで思ったんです。『これで、心のモヤモヤが晴れた』と。

しかしそのとき、切符売場にいた男の人が合図をして言いました。
『いらっしやい。何杖ご入用ですか?』
『一人分です』
『バルコニーの所に丁度一人分の席があります。いちばん遠い位置です』

『いいわ、それにするわ』と私は言いました。そこは階下よりも空気が多いからです。私は劇場へ入りましたが、おそろしく暑いんです。芝居をあまり見ませんでしたが、幕合いになったとき廊下へ出て、ジュースを飲みに喫茶室へ行ったんです。しかし飲めそうにもありません。

みんなが飲みたがっているんです。それで、喫茶室から遠く離れた隅へ行って、タバコを吸っていました。

すると突然、最も離れているドアーから一人の男が出て来て、あたりを見回しながら、だれかを探しているんです。生き生きとした顔付きをして、疲れた様子はありません。だれもが暑さでまいっているのにその人はあたりを見回しているんです。白いオープンカラーでした。これは1961年当時の劇場内にしては異常です。髪はブラウン、美しく日焼けした皮膚、青い限をもつ人で、これはノルウェイ人か、スウェーデン人かもしれないと思いました。その人が私を見たとき、『ああ、そこにいたのですか!』と言っているかのように、私に合図をするんです。それで私は笑うこともせずに、この人は人違いしているんだと思ったんです。するとその人は、人ごみをかき分けて、ずっと私の方を見ながら近づいて来るんです。そして素敵な微笑を浮かべているものですから、私も微笑し返さずにはいられませんでした。それで驚きました。その人はますます近づいて来て『ああ、私が探していたのはあなたですよ』とでも言うように合図をするんです。

突然、非常に強烈な想念が起こりました。『あなたは金星人ですか、それとも違いますか?』

私は方言でそのように心で思ったんですが、その瞬間、相手は私から約5メートルむこうの所で立ち止まって、『ついにあなたは理解しましたね』と言うような表情を浮かべました。そしてひどく驚いたことに、私は動けなかったんです。

すると相手は隣のドアーから出て行きましたので、私も相手のあとからついて行きました。その人が1人の女性と歩いているのが見えました。全く質素な服を着た黒髪の女で、彼女はサンダルが脱げそうになったため、彼が助けてそれをはかせました。

しかし私が外へ出たとき、彼は突然くるりと振り向いて全く別な表情で私を見るんです。微笑は消えて、『話などはありませんよ』と言いたげな顔つききです。それでこの男の人は金星人だという証拠になりました。だって私の想念に応える人は他にいませんもの。この世界のテレパシストだって、これに応えられる人はいないでしょう。これが私の一つの体験です。私のテストの結果は、彼が応えたということです。それ以外には何もありませんでした」「メンタル・テレパシーですか?」と私は(久保田は)尋ねた。

「そうよ。私が以前ジョージ(アダムスキー)と話し合ったことを知っていますか。私は言ったんです。『私は全然テレパシックではありません』と。

するとジョージは言いました。

『そうだね。あんたはそれを身につけることができるだろう。まずイメージを描いて、それからテニスのボールみたいにその想念を放てばいいんだ。短時間の想念でいい。そしてテニスのボールみたいにそれを放つんだ』 

このアイデアは当時、私が本能的に身につけていたものです。ですからそれを適当に応用していました。それで私にとって、それはジョージの言った言葉のすばらしい裏付けとなりました。あの男の人はおそらく金星から来たと思うからです。その土地に住んでいるかどうかは知りません」 バチカン事件の話が出るのかと思っていたら全然違うので、私は少々焦燥を感じた。なにせ時間の制限があるのだ。

ここで写真を撮ることにした。持ってきたカメラでまずルウとピリンジャック氏を並べて撮影する。次に私とルウが並んだところをピ氏に撮ってもらう。和気あいあいたる雰囲気だが、店内はかなり騒がしく、日も傾いてきたので、そろそろ別なレストランに場所を変えようではないかと提案すると、ルウは私が渡した土産物をいったん彼女のホテルへ持って帰って着替えて来るというので、私はここのロビーで待つことにした。

この土産というのは東京駅大丸で買った会津塗りのオルゴールと、真珠のペンダント、それに暗い室内に置くと光って見える造花の鉢植えである。オルゴールから流れ出るメロディーについてルウが尋ねるので、これは日本の伝統的な有名な民謡で桜の花を歌った歌曲だと説明すると、たいそう美しい旋律だと言って感歎する。夜光性造花についてピリンジャック氏はこんな物を見るのは初めてだと驚いている。この品は出発前日にS駅構内の店で買った物だが、外国にザラにあるような品では面白くないと思い、そのことを尋ねてみると、まだ日本だけの製品で海外にはない筈だと娘さんが答えた。明日ヨーロッパヘ土産に持って行くのだと話すと、娘さんは急に眼を輝かせて、それならきっと喜ばれるだろうと言う。その後半信半疑のままヨーロッパ各国の店をのぞいて見るのに、その種の製品が見当たらなかったところから、やはり本当なのだろう。千円足らずの安物だが、持って行ってよかったと思った。

フランス料理店での対話

 ロビーで待っていると、約30分後にルウが釆て、続いてピリンジャック氏が現れた。どこへ行きたいかとルウが聞くので、フランス料理店の静かな場所がよいと言うと、よしきたとばかりピ氏が日本製のトヨタだと自慢する自家用車を運転して数キロ離れた湖畔のこじんまりとした料理店へ案内した。地下に食堂があるらしくて、ピ氏がボーイとフランス語で交渉したあと私に向かって今度は英語で、今、食堂は満席なのでしばらく一階のバーで待たなくてはならないという。一隅の丸テーブルを囲んでまた語り合う。

私は例のバチカン事件について知りたかった。大要はすでにわかっているが、眼前にいるルウは宮殿入口までアダムスキーに同行して、入口に現れた謎の人物を目撃した生き証人なのである。

>>第2話へ続く

home artcles letters pictures ufo bbs お問い合わせ link