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新アダムスキー全集

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中央アート出版社
TEL : 03-3561-7017
E-mail :info@chuoart.co.jp
 懐疑論者から支持者に転向 by Joan H. Laurino

UFO Contactee No.133 SUMMER 1996より

ローリーノ女史は米サンフランシスコに住むアダムスキー派UFO研究家。 以下は昨年9月に米ワシントン市で開催されたアダムスキー大会において行なわれた女史の講演全文。

ジョン・H・ローリーノ/久保田八郎訳


▲ワシントン市で開催されたアダムスキー大会で講演するローリーノ女史。

私達は孤独ではない

お早うございます。本日はご来場頂きまして有難うございました。

まず最初に私はビル・クレンデノンがこの大会の直前に他界したことにたいして心から哀悼の意を表したいと思います。余命がもう5ヶ月あればよかったのに!(訳注=クレンデノン氏はアダムスキー型円盤の推進理論を研究していた人。この大会にも出演の予定であった)

彼と私の友情は6年間続きました。この会場に見える掲示は彼自身のスローガンでした。それで彼に対する献辞としてあの言葉が掲げられたのです。(訳注=演壇のうしろに 「あなたのUFOに三個の球(球形着陸装置)が付いていなければ我々には不要だ」"IF YOUR UFO DOESN'T HAVE 3BALLS, WE DOESN'T WANT IT!"と大書した掲示がある) もし彼がここに参加していれば、最前席に座って楽しく時を過ごしていたことでしょう。このことはアダムスキー氏にもあてはまります。たぶん私達の3日間の大会は宇宙のどこかに記録されるでしょう! 私達は孤独ではありません。がんばりましょう!

驚くよりも嘲笑する方が容易

私はこの素晴らしい聴衆の皆さん方を前にして、ジョージ・アダムスキーという魅惑的な人に関してお話しできることを無上の名誉に思います。ここで一つの屋根の下に集まって情報を伝えあうことは不思議な感じがします。その情報の多くは私達に知られていないかもしれません。ここにいる私は、以前は(アダムスキー問題を)疑っていましたが、今は信じています。それでこれから私が不信を起こすもとになった物事を少しお話し致しましよう。その中には他人の意見をやっつけようとする人達のことも含まれています。

まず第一に、ジョージ・アダムスキーの言葉そのものから始めるのが妥当と思います。それは何かの新しい物事に関して人間が起こす恐怖の要素に言及したものです。次のとおりです。

「本書に掲載されている写真類で裏打ちされた体験記を信ずるか信じないかは各人の自由である。しかし本人がどのような個人的結論を出しても、UFOの存在の事実を決して変えることはできないことを各人に気づかせておきたい。というのは、このことを立証するには、ほとんどいかなる年でも、どの時代でも歴史の貢を開きさえすればよいのだ。大衆の概念の中にあって俗事に執着する人間は、自分の住む無限の大宇宙で発見を待っている不思議な物事について、自分の狭い知識に気づくよりもむしろ、新しい驚異的な物事を嘲笑する方が容易であることを常に見い出している」

当初は関心に満ちていた

さて、私は決して俗物根性は持ちません。私の十代の始めの頃は、天文学や当時はやりだした空飛ぶ円盤の問題で興味に満たされていました。そうです、私は未知の物を一目見ようとして、星々に満ちた空を凝視したものです。1954年に私はついに2個の赤い円盤型物体を夜間に見ることに成功しました。しかし、皆さんが信じようと信じまいとご自由ですが、私はそのことをすっかり忘れてしまったのです。

私のUFO研究資料の源泉はキーホー中佐やその他の有名な研究家の本でした (訳注=キーホーは昔のアメリカの有名なUFO研究家で、アダムスキーを攻撃した人)。そしてきわめて短時間で私は天空に関する自分の個人的な真実を確立したのです。つまりUFOの存在は真実であり、宇宙空間から来るにちがいないと思ったのです。というのは、宇宙旅行は常識として通用することですし、当然のことながら我々地球人は決して唯一の人間ではありません。

私はなんとしても自分の考えを他人に伝えたいと思っていましたが、やがて否定的な関心のない嘲笑する人達に出会いました。これは予期されたことです。むつかしいことではありません。

しかし否定派になった

私はアダムスキーの体験記を、知識のための扉を開き、人類に希望を与えるものとして、身震いするほどの内容をもつことがわかっていました。これによって人間は変わるでしょう。

しかし多くの人と同様に私もつまづいたのです。そして懐疑論者、悪口屋、それに今も広がっているデマ情報を盛った途方もない大皿を差し出したUFO研究界の誤った信条などの手に落ちてしまいました。

しかし、空軍のおおやけの立場に関連してアダムスキーに対する絶えまのない酷評を聞いてから、私は胸が悪くなってきました(訳注=米空軍は公式にはアダムスキーの主張を認めていないが、これは表向きのことで、実は凄い秘密を握っている)。それでアダムスキー問題のすべてを棚の上にあげて、私は普通の生活を続けることにしました。十代の若い娘にとって、この重要な問題を理解するにはまだ未熟です。なんといっても私は成長しなければいけない。それだけだ! そうすれば物事はうまくゆくのだと思いました。

ふたたびアダムスキー研究を開始 

奇妙なことに1974年になって、またもUFO問題が私の心をとらえて、20年前のUFO目撃をよみがえらせたのです。私の心が天空の彼方に向いたとき、あの目撃のような重要な体験をなぜ忘れてしまったのかと、完全に畏敬の念をいだかせたのです。

復活した熱意が大きく盛り上がって、まもなく私はあるUFOライブラリーと研究センターを見つけましたが、これは現在までの30年間のUFO研究を続けさせてくれた巨大な土台になりました。当時は知識を吸収しながら刺激的な日々をすごしたものです。

しかしこうした研究は、私がアダムスキーの体験記に的をしぼらない限り完全にはならなかったのです。暴露屋達の言うことが研究の焦点になりましたが、彼らの信頼性には疑問をもちました。

真実を必死になって隠そうとし、既成の科学的な考え方に反する発見事を無視しようとするのは、いかにも正統派らしいやり方です。彼らは事実の可能性を考えもせずに、軽蔑感をもって画期的な発見を論争して嘲笑するのです。UFO研究界の中では、多数の人がコンタクティーの実例を認めようとはしません。というのは、私達の宇宙の友(異星人)から寄せられる情報は、恐怖、無視、または頑固さなどと無関係な言外の意味を具体的に表現しているからです。

卑劣きわまりない策動屋

アダムスキーは結果的にこうした悪口屋、すなわちサイレンス・グループを作りだしました(訳注=サイレンス・グループというのはアダムスキーの宇宙的な体験記を抹殺しようとして暗躍する団体)。私は彼らの態度を調べて、そのいやらしい手口の内容を発見したのです。彼らは究極の証拠を求めて騒ぎまくりました。それにもかかわらず誰かが非常にすぐれた性質をおびている明白な証拠を提示しても、結局はよく似た替え玉を使って結末をつけたり、ゆがめたり、混乱を巻き起こしたりするのです。

こうした策略のすべてが失敗したならば、代わりの古い物事を持ち出して利用し、人格の抹殺さえ行ないます。もっと過激なレベルでは、法律上の策略を弄してUFOの目撃者や研究家を刑務所へ放り込んだ例もありましたし、脅迫や殺すという脅しもありました。(訳注=これは昔のアメリカの話であって、日本ではこんな事はない)。もうこんなことはたくさんです。

しかし私達の知性にケチがつけられてきました。だが誰も気にしません。一般の大衆はそれを信じています。それだけで充分です。問題なのはそれだけです。誰も調査をしようとはしていません。

ここで私は、科学的な洞察力をもって自分達の見解を公平にみなそうとする善人や正直な懐疑論者を尊敬しようと思います。彼らは真実をわざとゆがめたり愚かな話をしたりしてはいません。注意してみますと、こうした善良な懐疑論者は私達を活発にしてくれるのです。

▲アダムスキー大会で講演するロドファー夫人。
偉大であったアダムスキー

 そこで私は世界で教えられてきたこれまでの多くの教えや学説にしたがって、オーソドックスの宇宙科学や宗教に疑問を持つようになりました。科学は私達の生涯で偉大な発展をとげてきましたので、多くの古い発見事をも消し去ってしまいました。その結果、論理と可能性の領域の中にあるものとして、ジョージ・アダムスキーの体験を熟視したのです。

ああ、自由に考えることにいかに大きな報いがあったことでしょう。私は皆さん方がご存じのように宇宙飛行士達によって確証されたアダムスキーの体験記のすべてをここで挙げるつもりはありません。それを聞きたければ、あと2日間に私よりも有能な他の講演者のお話を聞くとよいでしょう。

私達はマデリン・ロドファーがシルバースプリングの彼女のお屋敷の上に滞空したスカウトシップを撮影した記憶すべきフィルムを決して忘れないでしょう。あるいはユリアナ女王をアダムスキーが訪問した事、そしてローマ法王ヨハネ23世、その他の王族との個人的な謁見をも忘れることはできません。

アダムスキーの全生涯と多くの小さな物事は実際私の知性を驚かせました。そして非凡にして素晴らしい人であり、また真面目に解釈するべき人物としての彼に注目したのでした。アダムスキーは自分が撮影した写真に関してお金を要求したことは決してありません。多くの人はお金を欲しがるのですがーー。彼は決してお金向きの人間ではありません。彼は決しておかしな教団を始めたわけではありません。むしろこんなものを彼は遺憾に思っていました。

晩年になっても彼は謙虚であり、貧しい紳士であり、疲れきっていても講演を行なうことを望んでいました。

証拠とは何か

ここで私は 『証拠』 についてお話し致したいと思います。一人のコンタクティーの体面というものは、関係者としての目撃者、家族、友人達の正直さを問題として調査グループの完壁な方法にもとづいています。したがって、いわゆる証拠なるものは調査する人の心中に存在しているのです。私はアダムスキーの支持者である多くの人と会って友人になりました。

個人的な真実を体験した立派な人々は、それを自分の記憶の中にいつまでも刻みます。彼らの真筆さや正直を私は疑いませんし、それは彼らとの友情を保つのに喜びとなっています。

私はアダムスキーの協力者であるオーストリアのドラ・バウアーと文通する特権を持っていました。晩年の彼女は療養所で暮らしており、「最も幸せな在院者」と言っていました。なぜならスペースピープルからアダムスキーに伝えられた哲学に絶えず関心を持ち続けることができたからです。それは彼女の心に活気を与え続けたのです。(訳注=ドラ・バウア一女史は昔アダムスキー健在の頃にオーストリアGAPを主宰して活躍していた。訳者もずいぶん文通を続けたが会ったことはない。精神的に非常に高貴な女性であったと聞いている。晩年に彼女の所有するアダムスキー関係の資料をすべて訳者に譲渡したいと言ってきた。療養所宛に返事を出したが、なぜか届かなかったと思われる。だがこの資料はある有望な人に譲られたので安心している) 

私はセンセイショナルな事を求めているのではありません。宇宙的な真実だけを求めているのです。これが収穫として存在するのです。

私は今日ここに来ましたが、それは常識を用いながらはるかに理解を深めたからです。そして真面目な探求を続けましたが、これは知覚することにたいして新しい次元を開いてくれました。

私達人間は暗黒の中に滅びないようにして、集合的または個人的な信念の箱の外へときとして足を踏み外さないように気をつけるべきです。10年間に新しいアイデアを持たなかった人々と会うのは退屈なものです。

私達は何をなすべきか

終わりに私はお尋ねします。私達は未来にたいして何ができるでしょうか。私は自分達が真実であることを知っている物事を緊急に実行に移すことにあるとみています。時間は短いのです。スペースピープルから人類に与えられたメッセージは「神意」その他何と呼ぼうと「宇宙の真実」なのです。アダムスキーは良き世界をめざして人類にこの 「真実」をわかちあたえようと真筆に努力しましたが、これはすべての人々のためであり、すべての時代のためでもあり、特に「今」のためです。

個人的には私はアダムスキー氏と今日ここにおられる支持者達に名声を与え続けて、豊かな精神が存在するところに関心を高め続けようと思います。

私の話をお聞き下さいまして有難うございました。お話し致しましたすべての事を考え学ぶためにこの週末を休暇にとって下さいました皆様方を私は心から愛します。この大会で伝えられた事柄のすべてにご注意をお払い下さい。この大会はもっと早く開催されるべき性質のものであったのです。

皆様方、ごきげんよう。

▲ロドファー円盤
1965年2月26日、米メリーランド州シルバースプリングの自宅でアダムスキーと談笑していたマデリン・ロドファー夫人は、突如庭に超低空で飛来して木の葉運動を続けるスカウトシップ型の円盤を8ミリ映画撮影機でキャッチした。この写真はその中の1コマ。

【 編者付記】

昔からの文通仲間でありながら昨年のワシントン大会で初めて会ったジョン・ローリーノ女史は、きわめて快活な笑顔を絶やさない女性であった。年齢よりも10歳ほど若く見える。明るい想念の持ち主は年をとらないという法則の体現者と言えるだろう。

一時は懐疑論者でありながら、結局信奉者に転向したというのは、ネが高次元な宇宙哲学と、それに関連したUFO問題を研摂する体質であったからであろう。

マデリン・ロドファー夫人のアダムスキー型円盤フィルムについてはひどい批判があった。窓ガラスに円盤の絵を貼りつけてカメラを動かしながら撮ったという物語は今も続いているようだが、編者がアメリカで徹底的に調査した限りでは疑念の余地のない真実そのものの写真であることが判明した。

だいいち当時社会的地位の高かった夫君と暮らしていたロドファー夫人が、子供だましのトリックを用いてニセ写真などを撮影すればどのような結果になるかは常識ある人なら見当がつくはずだ。またアメリカは、欺瞞事件を起こせば徹底的に調査されて本人が恐ろしい報いを受ける国であることは種々の事例で示されている。

ワシントン市のアダムスキー大会でも夫人は堂々と体験を語り、アダムスキーの高貴な人格を讃えていた。論争のむなしさよりも人間の多様性を感じさせる世界だ、ここは。

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