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 第6章 異星人は我々のなかにいる! 第2話 宇宙よりの来訪者
 

しかし、民間UFO研究グループのかつてのり−ダー(ベンダー)は、もっと途方もない話の材料を持っていたのである。

▲ペンダーのスケッチによる、黒衣の3人男の一人。
▲ペンダーのスケッチによる、黒衣の3人男の一人。 これが彼の部屋で不気味に物質化したという。

黒衣の3人男との次のコンタクトのとき、彼は何かの方法で大きな丸い部屋へ運ばれた。 ガラスのドーム付きで、明るい輝きに包まれている。 そこは、円盤の内部だったのかもしれない。

彼は、1人の男に迎えられたが、その男がもらしたところでは、UFOの目的は、地球の海から貴重な化学物質を採取することにあるという。 その目的を達成するために、彼らは仲間を、国防省その他のあらゆる場所に配置していた。 彼らはスイッチを一押しすれば、世界を破壊できるという。

ベンダ一は立体スクリーンでさまざまの場面を見せられた。 その中に恐ろしい怪物が1匹いた。 「SFの作品や空想画に描かれたもので、これ以上恐ろしい怪物はない。 そいつは生きていた」と彼は書いている。ベンダーが気がつかないうちに、説明者は消えていた。 突然、説明者の声が怪物の体から響いてきた。 そして、「これが自分の正常な姿で自分たちの故郷の惑星では、皆こんな姿をしているんだ。 ただし、我々はもちろん この姿を当り前だと思っている」と言う。

▲ベンダーがデザインした、円盤マニア向きの雑誌の表紙下絵。
▲ベンダーがデザインした、円盤マニア向きの雑誌の表紙下絵。 1953年当時、彼はこの絵の説明をしなかったが、これは、宇宙人たちがホーム惑星で生き残った様子を示している。 不毛地帯を避けて、彼らは地下に住み、宇宙船発射台としてクレーターの穴を利用した。 これを使用しないとき、その惑星は死の世界のように見える。

彼の惑星では3種類の性がある。 男性、女性、そのいずれでもない性で、3番目の性は地位のある指導者層なのだという。 女性は卵を産み、それは貯蔵されて、必要なときにふ化させられる。 彼らが発進した惑星は、何光年もの遠いかなたである。

この不思議な宇宙種族との別なコンタクトで、ベンダーは次のような体験を持ったと称している。 彼は、南極にある彼らの作戦基地を見に連れて行かれ、1機の円盤に接近して検査し、円盤のガレージを見て、量後には1人の指導者と直面した ― 2.7メートルもある中性で、他と同じような輝く目をしている。この怪物はベンダーに、自分たちは1945年以来地球へ来ており、約15年間滞在するのだと語った。

「我々は多くの地球人を、実験用として我々の惑星に運んでいる。 そのうちの何人かを、我々の住民の展示用に置いてある。」ベンダーは、もし邪魔をするならば連れて行かれるぞ、と警告された。 地球上で、ベンダーの気味悪い冒険が続いた。 ある目に見えないものが、彼の部屋へやって来た。

これは、ひじ掛けいすにギザギザがついてわかったのである。 この不可視の実体が物質化したとき、ベンダーは「自分の生涯でこれ以上ないほどの恐怖」を体験した。 それは身長3メートルの怪物で、輝く赤い顔と輝く目以外は、全身が緑色である。 ベンダーは気が遠くなった。

ベンダーの生活にこの宇宙生物が介入すると、必ず報いがあった。 明るいガラスドームを別な機会に訪れたとき、彼は白いタイトの制服を着た3人の美しい女たちに裸にされた。 彼は手術台の上に寝かされ、女たちが彼の体に液体を塗って、「私の全身を引っくり返しながら、くまなくマッサージした。 女たちはそっけなく、感情の変化も喜びも表さないで、仕事を遂行した。」

体の上に1個の物体が下ろされて、彼は光を浴びたが、それは薄紫色から濃い紫色に変化した。 後に彼が聞いたところによると、これは今後数年問、彼を健康にするための方法だということだった。同時に、ある放射線を浴びせられたが、これで彼の体内に衝撃が起こってきた。彼らの装置が、常にそれを探知できるという。

「お前を絶えず我々の監視下に置くために、これを行う必要があることがわかったんだ。 お前が我々の秘密をもらすときは、いつでも我々の研究所のボタンを押せばよい。 そうすれば、お前の体は破壊されるだろう。完全に崩壊して、後には何も残らないだろう。」これは、彼が知識をもらした場合の処罰である。

こうした脅しがあったうえ、円盤の秘密を知ったために、ベンダーは自分のグループを解散することに決めた。 彼は、例の奇妙なコイン型円枚を隠すように命じられた。 それが消えてなくなったとき、彼は宇宙人たちがその使命を達成したことを知るのである。そしてそのときこそ、彼らとのコンタクトをもらしてよいのだ。 ベンダーによれば、彼らの出発は1960年に行われた。 彼は円板をしまいこんでいた金庫の所へ行って、妙な硫黄のにおいをかいだ。 ふたを開けると、円枚は消えていた。 しかも、その金庫に入れてあった他の所有物のすべても、灰になっていた。

ほとんどの人が信じてくれないことはわかっていたけれども、彼はこの事件に関して本を書くことに決めた。 しかし彼は、「金属の円板が消えて、その宙生物が地球を触れて以来、円盤目撃の報告は減少してきた」と言っている。

ベンダーの奇怪な物語を信ずべき理由がないのは、他のコンタクティーの物語を信ずる理由がないのと同様である。 しかし、この話を恐ろしいSFだと片づける前に、多くの研究者に少し考えさせる要素がつある。 それは、黒衣の3人男の役割である。 この謎の男たちは、何度も空飛ぶ円盤の謎の事件に現れているのである。 初期のころは、彼らは政府かCIAの職員で、UFO研究家やグループの活動に関心を持っているか、またはUFOのニュースを積極的に検閲しようとしているのではないか、と考えられていた。 たびたびこの黒衣の3人男は、UFOの目撃者や研究家の所へ訪ねて米たと言われている。

彼らはピカピカ光る黒塗りのキャディラックで乗つけて来るとか、小柄な皮膚の黒い東洋人だとか、いろいろ言われていた。 彼らは、正規のもののように見えるカードまたは身分証明書を持ち、UFO現象について大変な知識を有しているらしかった。 1950年代の後半になって初めて、円盤関係の著者たちは、黒衣の3人男を調べ始めた。 そし仮に男たちが正体を告げても、それはうそだということを発見した。ときどき、だれかがキャディラックの1台を追跡しようとしても、見失ってしまうのだ。しばしは それが消滅、または非物質化したと思れわれるような状況で見失うのである。 彼らは、通常3人で現れるけれども、時には、1人で、あるいは2人で活動することもあった。 こうした報告類の典型的なのが、『コロラド大学報告』に引用されている。 これはアメリカ空軍の支持によって、コロラド大学が行ったものである。

大気圏外から来た謎の“高官”

1953年に「国際空飛ぶ円盤ビューロー」が、あらゆる活動を中止したとき、UFOマニアは驚いた。 2年間に満たなかったが、コネチカット州ブリッジポートでアルバート・ベンダーが創立したその団体は、発展していた。 それが、なぜ解散したのか?

この疑問に答えうる人は、ベンダーしかいない。 しかし、彼はしゃべらなかった。 7年後にようやく口を開いたが、その話は宇宙から来た“高官”とのコンタクトに関するものだった。

▲レックス・へフリン。
▲レックス・へフリン。1965年にUFOを目撃し、ポラロイドカメラで4枚撮影した。 この4枚のオリジナルは、当局の調査員と自称する謎の人物に渡した後、消えてしまった。 しかしその人物は、当局には所属していなかった。

ベンダーはその高官と直接会見し、これ以上UFOの謎を追求するならばすぐに死ぬぞ、と警告された。 だから彼はグループを解散したのである。 しかし、会見中に多くの興味深いことを知知り、もらしてもよいという合図があったときに、そのすべてを発表した。

たとえばコンタクト中、彼は宇宙人に「あなたがたは神を信ずるか」と尋ねた。 相手の答は「信じない」ということで、その理由は、地球人がやっているような”何かを崇拝する欲求”を持たないからだという。

そのほかに宇宙人から聞いた話は、他の惑星には人間がいるかという問題である。 相手が言うには、かつて火星には生命があったが、侵略者によって滅ぼされたらしい。 火星人は美しい都市を建設し、巨大な水路網を開発したけれども、現在の地球と同様に、終末期には技術的に衰えていた。 また金星は生命を発達させていた、と相手は云った。

▲コンドン委員会の調査員で教授のウィリアム・ハートマン。
▲コンドン委員会の調査員で教授のウィリアム・ハートマン。ヘフリンの円盤目撃を調査している。

ベンダーと高官との話で最も興味深いのは、月に関するものだった。 ベンダーが、地球人は月に到達するだろうかと尋ねたところ、相手はイエースと答えた。 ベンダーがこのことを書いた7年後の1969年、人間は実際に月の表面を歩いていた。

事件番号52は、18ページに及ぶ部厚い報告となっているが、これはカリフォルニア州のハイウェー・パトロールマンであるレックス・へフリン撮影の一連のUFO写真を取り上げている。 彼はサンタアナ高速道路の上空に1個の円盤を目撃し、ポラロイドカメラで3枚の写真を撮影した。 その中にはUFOが飛び去ったときに背後に残したという煙の輪の写真もあった。 この事件は広く知られて、彼は民間のUFO研究家や空軍の職員からインタビューされた。 エルトロの水上飛行ステーションが、この事件に特に関心を寄せた。 多数の訪問者の中に、へフリンは北アメリカ空軍防衛司令部から来たと称する男の訪問を受けたので写真のオリジナルを与えた。 しかし、これはとうとう返却されなかった。

結局、司令部はへフリンを訪ねた事実はないと言明したのである。 その目撃は1965年8月3日のことで幸いにもへフリンは元の写真のコピーを持っていたが、彼の目撃と訪問者の謎は未解決のままとなった。

ところが奇妙なことに、コロラド大学調査団が円盤問題の独自な調査の一部として、へフリン事件の調査を始めたとき、へフリンの所に別な謎の訪問者がやって来た。 以下はコロラド報告がその出来事を扱った内容である。

目撃者(へフリン)の話によれば、我々が調査を始めていたころの1967年10月11日、空軍の制服を着た一人の将校が、その日の夕方、目撃者の家へやって来て、自分の身分証明書を出して見せた。 過去の体験にかんがみて、目撃者はそれを注意深く調べた。 それによると相手の名前は、組織司令部・宇宙組織課のC.H.エドモンズ大尉という。 その男は多くの質問を発したが、その中に『あなたは、オリジナル写真を取り返すつもりですか? 』というのがあった。

目撃者が『いいえ』と答えると、相手は安心したように見えたという。 その将校は、目撃者が“バーミューダトライアングル”(1800年代以来多数の飛行機が行方不明になっている地域)について知っている事柄を、強く質問した。」

「この会見は、表玄関で夕暮れどきに行われた。 その質問の間、目撃者は、フロントドア一に不明りょうな文字を記した1台の車か街路に駐車してあるのに気づいた、と言っている。 後部席には1人の人間の姿と、紫(青ではない)の輝きが見られたが、それは何かの器具のダイヤルのせいだろうという。 彼は写真に撮られ記録されたと信じている。」

コロラド大学の調査員たちが、この糸口を追究してみると、空軍の将校名簿に出ている4名の「C.H.エドモンズ」の中に該当する皆級とつづりの人はいないことを発見したのである。 「4人ともかなり階級の高い人で、サンタアナ事件と関係したと思われる人はいなかった」のである。

その後へフリンが調査員に語ったところによると、彼の電話は盗聴され、郵便物は途中で奪われたと思っていたという。 また彼の隣人が語ってくれたとこしろでは、軍服を着た男たちが、白昼彼の不在中に人口の所まで来たということだった。

▲ヘフリンがトラックの窓から撮影した写真。4枚目はUFOが消えるときに残した煙の輪。ハートマンによれば、窓の外にライカのレンズキャップを吊り下げると2枚目によく似た写真が撮れるという。

第3話へ続く

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